2007年6月号 「修復」という家づくりの選択肢
高齢化率46.7%という、能登の被災地。
「修復」という選択肢が、家づくりのこれからの幅を広げ、夢をかなえる。

 3月に地震の発生した能登・輪島市まで、金沢から約110km、車で二時間半。 途中に小千谷と同規模の羽咋市があるくらい。 能登はサラリーマンや若い人にとっては、生活にも通勤にも不便なところである。 若い人の中には、住民票を能登において金沢で生活をしている人も多いというから、高齢化率の実態は数値以上である。
 高齢者が住み慣れた場所を離れたがらないのは理由がある。 田んぼがあり、畑があり、気ごころの知れたご近所がある。 そして住み慣れた、目をつぶってもどこに何があるかわかる永年住み慣れた我が家がある。 それが今回の震災で突如として失われるという危機に被災者はおかれているのだ。 二年半前の中越と同じく、「今のまま、何とかあと10年土いじりをしながら、ここで暮らしたい」そんな被災者も多かった。 先祖への敬愛の気持ち、苦労して建てた家へのこだわり・・・。 そして何よりも、もったいない。
 直せば十分快適に再生できる、使える家をしっかりと修復する。 そしてただ単に段差をなくし、手すりをつけるバリアフリーから一歩踏み込んだ、ご高齢者が生涯自立可能な家への大改修。 戦後60年続いてきた、壊してはつくるという家づくりの文化は進化していく。 これからは、きっちり満足のいく修復をするという選択肢が、人に優しい、地球環境にも配慮した家づくりのひとつになるように思う。




全壊とされた住宅でも、震災前よりも強く安全に修復できるということは、能登の被災地では、中越の教訓としてかなり広まった。 修復で住み慣れた家に案して戻れるという情報支援は、精神的な安心にもつながり、早くも仮設住宅から、直った我が家に帰れたという方の笑顔もみられるようになってきた。